光線、この世の成功とは



光線とは、「光」です。


光である以上、たとえばダイヤモンドの輝きなら眺める角度や環境によって光線の見え方に違いがあります。


そう、普通は光線とは、目で見るものです。


ところが、私は、その光線を触ったことがあるのです。


わたしは時折、不思議の国に紛れ込みます。


今日はその時のお話です。


ある日、東京の某事務所にお邪魔した時のことです。


ふと、部屋の窓の方へと行きたくなりました。


ところが4、5歩進むと、なんと蜘蛛の巣に引っかかってしまったのです。


えっ!!!部屋の中に蜘蛛の巣!


???と思いながら、手で蜘蛛の巣を払いのけました。


そして、再度歩きだすと、またもや上半身が蜘蛛の巣にからまってしまいました。


「あのう、蜘蛛の巣がありますよ。」


と事務所の方に告げると、皆さん一様に怪訝そうな顔で、一斉に私を見ます。


そりゃそうですよね。


自分の事務所の中に蜘蛛の巣があるなんて言われたら、誰でも「ん?ん?」となりますから。


ところが、手で蜘蛛の巣を払いのけても、一向に手に蜘蛛の糸が付かないのです。


いつもなら、粘っこい糸が手に絡みつくのですが、、、。


あれっと思い、よく目を懲らして見てみますと白い糸のように無数に伸びているのは、なんと白い光線ではありませんか。




それも、その光線は私に向かって伸びているのです。


手に触れれば糸のような手触りです。


光線が糸のように触れる。なぜ????


そして。。。。。、この白い光線は、私に向かって伸びている。


その光源は一体?


光線の元を探せば、それは思いがけない物でした。


それは、石で彫られた立派な「龍の置物」だったのです。


その龍から無数の光線が放たれ、私に絡みついているのです。


龍はカッと目を見開き、大きな玉を手に抱えるように持っています。


「ああ、龍さん!!!あなたでしたか!!!!!素晴らしい光のシャワー有り難うございます。今後ともよろしくお願いいたします。」


私は、思わず龍に向かいご挨拶させて頂きました。


龍の光は更に勢いよく、無数のレーザー光線のように輝き、大歓迎してくれたのです。


私以外の人達は「何が起きてるの?」という顔をして、あっけにとられていました。


光線が見えているのは、私だけだったのです。


このような現象は、一般的には理解出来ないでしょう。


でも、誰でも霊的意識が目覚めれば、こういうことは日常にあることなのです。


こういう霊的存在との交流体験は、本当に心躍るものです。


実は、今後、世の中の人々は霊的方向へ向かう者と、物質的方向へ向かう者に、それぞれ別れて行くことになります。


どちらが良い悪いではなく、自分の好きな方向へと自然に向かって行くのです。


私は、この物質世界に輪廻転生希望はありませんので、霊的世界へと意識を向けて生きていきます。


一昨日、「ああ、ひめゆりの塔」のDVDを観ました。



    • もう地獄そのものの惨状。あんな酷たらしい戦争体験は誰もしてはなりません。
    • 戦争から74年経て、日本は令和天皇陛下祝賀パレードです。「祝賀御列の儀」で、祝賀一色ですね。




 



令和時代が平和で幸せな時代となりますよう、心よりお祈りいたします。


でも、この祝賀ムードの瞬間にも、よく目を覚ましていないと、また戦争の足音が近づいているのです。


そうでなくても、あらゆる災害がこれからも次々日本を襲ってきます。


今後、2019年~~2020年末までに、特に私達の霊的成長を促す出来事が次々と起きてきます。


霊的視点で状況を捉えなければ、現状を乗り越える事は難しいでしょう。


共に、この波を無事に乗り越えていきたいですね。


その時、忘れてはいけないのは、「私達は霊的存在」だということです。


本来、私達は、この世の価値観で立派な事を何一つ成し遂げなくても、神の子として平和に生きていれば、大丈夫なのです。


それでも気になる、神様視点の「人の成功」とは何でしょうか。


知りたいですよね。では、ご紹介いたしましょう。


それは、「人に親切に接する言動」をこの世の「成功」といいます。


それができた人生は「成功」だとのことです。


そして、「自分のエゴのため、人の心身を傷つける言動」が「失敗」だと教えて頂きました。


なんてわかりやすいのでしょう。


日々、「成功」体験を増やしていけばいいのです。


「失敗」しても反省し、改めて「成功」体験を目指せばよいのです。


これさえ肝に銘じ言動すれば、もうそこは「地上天国」、です。




ありがとうございました。